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2006年01月24日
[ Books ] 「世界をよくする現代思想入門」 高田 明典 (筑摩書房)
プラグマティズム、構造主義といった現代思想を、それらが目指していた目標・目的を明らかにしつつ解説する入門書。
新書だと侮る無かれ、これはひょっとしてとんでもなく良い本なんじゃなかろうか。
難解な単語で語られがちな現代思想だけれど、その根底にあるものは単純に言うなれば「世界を<よく>する」方法の探求である。
けれども、その<よく>というものに「普遍的な構成」を求めることは不可能で、結局は
「私の周囲xメートルかの世界を、今私が正しいと思う方向に変化させる」
というところが本書の結論となる。変数xの値は違えど、「世界を<よく>する」には、「自分を含めた他社が幸福になること」を追及すれば良いという考えは、これまでの思考の流れを経てとてもスッキリと浸透していく。
ウィトゲンシュタインの言語ゲームからローティへ続く一連の流れは、やはり学んでおく必要がありそうだということを再認識しました。まずは本書を何度も繰り返し読むことで、全体像をつかむことができそうです。
本書にはオマケとしてブックガイドがついており、それぞれの人物ごとに
(1)入門書
(2)著者と同じ頭になるために読む
(3)さらに知識を得るために読む(ピクニック気分で読む)
のお勧め3冊が記載されています。
この(2)の考え方が衝撃的で、「一年かけて、その人(たち)の考え方を自分のものにする」ために読むことで、
たとえば「ローティがこの問題を考えたら、きっとこのように考えるはず」ということを「確信」をもって言うことができるようになります(往々にしてそれは誤解でしかないのですが)。
ああ、そうだ!それなんだ、やるべきことは!!
目から鱗というか、ようやく本を読む時の姿勢みたいなものが理解できたような気がしました。
投稿者 kou : 23:40 | Permalink
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2006年01月23日
[ Books ] 「ナラタージュ」 島本 理生 (角川書店)
きっと良いのだろうなぁと思って読んだらやっぱり良かった。
演劇活動というものをエッセンスとした日常を、愛する人への壊れるほどに激しい想いと共に少女視点で綴る。
余計なもののない、BGMもないような日常の描写が続くのだけれど、頭の中にはそれぞれのシーンが映像となって浮かび上がってくる。これはすごい。
心の中に永遠に残り続ける誰か、というものをテーマにした喪失感と充足感の同居したストーリーは、小説を読むことの面白さというものを再度気づかせてくれたような気がします。もう終盤のほうは琴線に触れっぱなしでした。
投稿者 kou : 23:59 | Permalink
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2005年12月11日
[ Books ] 「レヴィ=ストロース講義」 C.レヴィ=ストロース (平凡社)
クロード・レヴィ=ストロースが1986年に来日した際に行われた講演を収録。
レヴィ=ストロースが「第三のユマニスム(人文主義)」としてとらえた人類学の、現代における立場、果たすべき役割について考える。
人類学がその他の学問と決定的に異なるのは、文化の「差異」に着目するという点だ。(逆に歴史学・考古学などは共通点の発見から既存の思想・神話の意味の再確認を行う。)我々とは異なった社会の慣習の意味、そしてその社会がそこに至るまでの選択の存在に敬意をはらうことで、我々は「未開社会の開発」、「人工授精」等につきまとう現代社会の諸問題について、異なる視点から答えを探すことが可能となる。
自民族中心の解釈から脱却し、進歩のために協力することは重要なことであるが、欧州型文化を中心とした「世界文明」を目指している人類は、その協力の過程でこの重要な文化の多様性を消失してしまう、というジレンマも抱えている。
未開社会の開発時につきまとう先進国としての責任、すなわち「進歩による代価」の存在を、いかにしてその社会の人々に伝えるのか、という問いに対しレヴィ=ストロースは、それを考えることができるようになったことが既にひとつの希望だ、と語った。この講演から20年近く経過した今も本書がその役割を失っていないように感じるのは、我々が未だにその優しい希望の先のステップに進むことができていないからなのだろう。
投稿者 kou : 22:16 | Permalink
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2005年12月06日
[ Books ] 「大学の話をしましょうか―最高学府のデバイスとポテンシャル」 森 博嗣 (中央公論新社)
元・名古屋大助教授にして小説家、森博嗣が語る大学論。
森先生の「学問とは楽しいものである」という思いは、作品(主に犀川先生の台詞)を見れば、もうこれでもか!というほど伝わってくるのですが、本書はそれに加え、一般的に叫ばれる「ゆとり教育の弊害」だとか「最近の若いもんは…」といった問題に対し、「いやいや、こういった考え方はどうですか?」というアプローチで新しい視点を提供してくれます。
大学のシステムについて、その内部にいるにも関わらずアンチな姿勢を持っていることに問題はないのか、という問い対し
不便といえば、なかなか組織の仕来りにとけ込めないことでしょうか(笑)。たぶん、そういう視点が僕の特性なんだと思います。自分自身に対しても、また家族や身内に対しても同様に客観的です。したがって、自分がいまどこにいるのか、という立場は、僕の場合ほとんど無関係なのです。立場は自己に比べて実に曖昧なものだと僕は考えています。多くの方にとっては立場こそが絶対的で、自己よりも優先されているように見受けられます。
と語ってしまうところがさすが。ああ、これは心にズシっときてしまうショッキングな台詞だ。
これだけ学問に対して確固たる信念と愛情をもっていた森先生ですが、どうやら今年の春に大学を退職したようです。本書でも、しがらみが増えて研究が続けられなくなった時のために書くことをはじめた、と語っていましたが、非常に残念なことに思います。
これからは、その恐ろしいほどに速い発刊ペースが更に速度を増すのを楽しみにしようと思います。
投稿者 kou : 23:19 | Permalink
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2005年11月24日
[ Books ] 「ハッピーバースデー」 青木 和雄, 吉富 多美 (金の星社)
「おまえ、生まれてこなきゃよかったよな。」
親の愛情を求めながらそれを与えられなかった「あすか」と、自分を見つめることをせず、何かに甘えて生きていた人々との成長の物語。
祖父母の愛にあふれた生活の中で成長し、虐待をした母もまた愛情を求めていたことに気づいたあすかは、「いじめ」の起こっていた学校、そして病んでいた家族すらも変えていく。
元が児童書であったものを大人向けに書き直したという本書は、突き刺さる言葉の棘の鋭さや、「助けて」と発する子への無関心という暴力の恐ろしさを描きだし、また自分の弱さを認め、学ぶことで強く変わることができる、ということを強く訴える。大人も子どもも、是非全ての人に読んでもらいたい一冊でした。
投稿者 kou : 23:59 | Permalink
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2005年11月23日
[ Books ] 「生協の白石さん」 白石 昌則, 東京農工大学の学生の皆さん (講談社)
もはや説明する必要もないくらい有名になった、農工大生協の白石さんによる「ひとことカード」の本。
Webで見たことがあったものもあるが、本という形でまとめて読めるのは嬉しい。生協と直接関係のない要望・質問を、独自のユーモアで回答し、時には商品の宣伝へとつなげる。ページをめくるごとに現れるその秀逸なコメントの数々に、思わず感嘆そして抱腹。もう、すっごい面白かった。
なにげない「ひとことカード」から、ネットの力を借り、一人の生協職員が超有名人となってしまうという、まさにシンデレラストーリー!それでも白石さんにはこれからも、その謙虚すぎるくらいの低姿勢で変化球を投げ続けて欲しいものです。
ところで、とっても俗なことではあるが、「ひとことカード」は生協の業務の一部なんだけど、Amazonで一位なこの本の印税は一体誰に入るのであろうか…。まぁCM出演も決まっているらしいし、白石さんはきっとすごい「単車」が買えたことでしょう。
投稿者 kou : 16:46 | Permalink
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2005年11月22日
[ Books ] 「医師としてできることできなかったこと―川の見える病院から」 細谷 亮太 (講談社)
ちょっと前に、小児がんと戦う医師として細谷先生が紹介されているNHKの番組を見た。
かつて小児ガンが治らなかったころから、この病気を持つ子どもたちの治療を行い、「君と白血病」という本の翻訳を通じ、本人と親の心のケア、「告知すべきか否か」という医療の問題と向き合ったという経歴と、なによりその話し方から分かるとても温かい人柄に、非常に感銘を受けた。
本書はそんな細谷先生が子どもたちのふれあいの中で得た、とても大切で、そして哀しい物語が綴られる。
何故病気は彼・彼女らを選んでしまったのか。小児がんとのあまりにも辛い病気との戦いの中での、必死の努力、親・子・兄弟の愛情、夢、回復の喜び、そして無情な別れ。どのエピソードからも、彼・彼女らがキラキラと輝いて生きていたことが伝わり、思わず涙が溢れる。
医師としてやっていくには、「プロフェッショナル・アティチュード」、つまり医師として小児がんの子どもに一生懸命かかわってあげる時間とプライベートな時間をはっきりと分けた姿勢が必要、という意見もある。しかし、それでも先生は思う。
「-患者さんに死なれても泣かないですむようになったら、この仕事はやめよう-」
とても優しい気持ちになれる一冊です。
投稿者 kou : 21:37 | Permalink
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2005年11月21日
[ Books ] 「国家の自縛」 佐藤 優 (産経新聞社)
国家の罠の佐藤氏による、国家、外交について今何を思うかをまとめた一冊。なんというか、恐ろしいほどの情報量。これは、と思ったところに付箋を貼っていったらあっという間に足りなくなった。
日本人と他の国の人との大きな違いは、自分の国に対する愛だ、とよく言われる。氏の国家への強い想いと説得力のある文章から、多少刺激的な考えですらスっと入っていってしまいそうになるのが怖くもあるが、今まさにプーチンの来日や女帝制の導入といったニュースが流れる中、日本の持ってしまった病魔を知り、数々の問題提起によって自国の置かれた現状について理解するという点で、とても意義のある一冊であった。
以下、気になったところメモ。
靖国問題
近代国家が存在する限り、戦没者の顕彰の問題は残るのであって、要はそれを排外主義(ショービニズム)のシンボルにしないことなんです。日本の愛国主義、正当なナショナリズムは排外主義とは縁がない。この伝統を維持することです。千鳥ヶ淵戦没者墓苑でも、一部論者が提案する「非宗教的な国立慰霊施設」にせよ、排外主義のシンボルになれば、再び靖国問題以上に深刻な国際紛争を招くことになりますよ。
北方領土問題対応のおそまつさ(2004年9月2日の小泉首相の北方領土視察について)
六十年前に東京湾のミズーリ艦上で日本が無条件降伏の文書に署名した日で、法律の上では九月二日に第二次世界大戦は終わっている。(中略)ソ連軍は終戦の八月十五日後、九月五日までに北方四島をすべて不法に占拠し、約六十万人とされる日本人をシベリアに強制連行した。この歴史的な「9・2」をせっかく視察日に選んだ以上、小泉さん、あるいは外務省はこの日の意義を協調していかに「法と正義」に反した蛮行であったか、その領土問題の原点を内外にアピールして「スターリン・メッセージ」の撤回も迫ることができたはずなんです。(中略)外務省のロシア課長が視察前にモスクワに飛んで、「いや、今回の領土視察は国会日程の都合で偶然決まったことで他意はありません。ぜひ、ご理解いただきたい」なんて、事前説明をしていたんですよ。なぜ、こんな必要があるんでしょうか。
三つの領土問題(北方領土、尖閣諸島、竹島)という言い方
領土問題と認めたら、それはその領土を手放す第一歩になるんです。(中略)だから、「三つの領土問題」と言ってしまったとたんに中国は大喜びなんですよ。(中略)当時のソ連は「領土問題は存在しない」と言っていたわけなんですね。それに対して日本は「北方領土」の日を作って、これは「領土問題」なんだと言って、できるだけ拳を高く振り上げて、国際舞台でうわーぁと騒いでいったと。そして領土問題として認知させたんです。ところが、尖閣では逆の状況を作られる可能性がある。
上の三つは外交における戦略の部分。「なるほど」の連続。
BSE問題
多国籍軍への自衛隊派遣は憲法の枠を超えてるわけですよ。超えてることを決断したから米国は高く評価したわけですよね。これはメインストリームで憲法とも抵触するような問題で日本はあっさりとそれを呑んだ。ところがBSEのような明らかに枝葉の問題で日本はなんでこんなに頑強なんだろうと。わからないんですよ、日本の論理が米国にも中国にもロシアにも。(中略)ただし残念ながら、国際スタンダードでは米国の交渉文化の方が標準です。ですから日本は負けるんです、このBSE問題では。負ける試合でいつまでもがんばらずに早く兵を引くべきだと私は考えます。
この認識の差はすごく分かる。思考の道筋が理解できないからいつまでたっても平行線。どちらも納得できない。
女帝制について
天皇制の中に部分的に人権というものを入れていくと、しれが内部から壊れていくと思います。そうした場合、日本の国家のあり方が根本的に変容してしまう。(中略)要するに日本の国体論を考える場合、われわれが伝承しているところの皇祖皇宗の伝統をそのままつなげていくことなんですね。そこにおいて、女帝論なんて人権の思想が入ってくるとは何を考えているんだと。皇祖皇宗の伝統が崩れるような改憲をするなら、今のふにゃふにゃの憲法の方がましだ。女帝論の危険性がわかっていない。女帝論とか首相公選制は国体を崩す。こう思いますね。
表面だけ見るのではなくて、そこに至るまでの歴史に何があったのかが大切。ただ、もう少し掘り下げてみないと是非の部分は自分にはいまいちピンとこないところではある。
そうこうしてる間に、どうやら日露首脳会談は北方領土問題に対し具体的進展は得られず、どう考えてもロシアしてやったりの結果で終わったようだ。情報のプロであるプーチンとやりあうだけの基礎体力すら日本にはないということか。
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2005年11月20日
[ Books ] 「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」 佐藤 優 (新潮社)
外務省国際情報局分析第一課に勤務し、「鈴木宗男事件」にて背任と偽計業務妨害の容疑で勾留後、執行猶予付き有罪判決を受け控訴中の佐藤優氏による、事件の真相を暴く内幕手記。
国益の為に尽くした氏らの行動が、何故世論に巨悪のイメージを抱かせる事件へと作りかえられたのか。検事すら「国策捜査」と称した事件の真相と、氏の恐ろしいほどに深い知性が伺えます。
「嫉妬心に鈍感」という鈴木宗男氏のパーソナリティと田中眞紀子元外相の対立から、マスコミによる鈴木バッシングが激化しつつある中、外務省幹部から保身の為の鈴木攻撃を勧められた際の考えを以下のように綴る。
私には鈴木氏への想いもある。しかし、それよりも私は、この騒動を私が付き合っていた外国人たちがどう受けとめるかということに関心があった。(中略)もし、私が鈴木氏を裏切れば、ロシア人は今後、日本人外交官がどのような政治家をキーパーソンとして紹介しても、信用しないであろう。
そしてこの「国策捜査」が何故鈴木宗男を選ばなけいけなかったかについて、氏の分析。
現在の日本では、内政におけるケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で「時代のけじめ」をつける必要があり、その線が交錯するところに鈴木宗男氏がいるので、どうも国策捜査の対象になったのではないかという構図が見えてきた。
外交官としての行動が断罪されたことに対する、検事とのやりとり。
「今まで、普通に行われてきた、否、それよりも評価推奨されてきた価値が、ある時点から逆転するわけか」
「そういうこと。評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下がってくるんだ」
一般人には馴染みの無い外交の世界。作られたイメージの力の怖さ。何が正しかったのか。事件の裏に潜んだ大きな力の一端に触れ、深く考えさせられる名著です。
「国策捜査」という性質から、「黒い穴」に入らざるを得なかった氏が、歴史に真実を残すために語った最終陳述は必読。
投稿者 kou : 23:59 | Permalink
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2005年11月16日
[ Books ] 「入門Ajax」 高橋 登史朗 (ソフトバンククリエイティブ)
All AboutのJavascript解説者、高橋氏による待望のAjax(Asynchronous JavaScript + XML)入門書。おそらく一年後くらいには巷に溢れかえっているであろうAjax関連本の、まさに先駆けとなる一冊です。
XMLHttpRequestのリファレンスからはじまり、GoogleMapsAPI(最近測地系の仕様が変更になったので注意!)を使ったサンプル、SQLやユーザ認証サンプル、JavaScriptのイベントハンドラ解説…と、Ajaxの基礎というべき情報がつまっています。
JavaScriptといえば、ちょっと前までは「右クリックしたらアラート」、「戻るボタン押しても戻らない」、「妙なアニメーションするリンク」、「ゆらゆらとついてくるメニューボックス」など、なんというか「もうそれって一体誰が嬉しいのよ!…オマエか!」的な印象しかなかったのに、GoogleさんとAjaxのおかげで随分と素晴らしいモノに生まれ変わったもんです。
作者様のページではAjaxの一番の障害となるであろうブラウザ間の仕様差を吸収するクロスブラウザライブラリなんかも公開してあるので、このあたりを有効活用しつつ色々と遊んでみるとすごく面白いかもしんない!
…もっとも、一番重要なポイントはインクリメンタルサーチ以外のネタが思い浮かぶかどうかだが。
あと、せっかく最後に「x」がついてるので、是非XMLを積極的に使っていきたい!
…もっとも、一番重要なポイントはRSS以外のネタが以下略。
てか、自分のJavaScript知識がsyntaxレベルで相当曖昧なのもかなりの不安要素だ!やばい!!



気づけば5月

